自動車保険の「裏ワザ」って?

環流制限と呼ばれこの制限は、内外のユーロ円債市場を切断するものであったが、現実にはそれほど効果がなかったともいわれる。
引き受けにあたる証券会社や邦銀の.現地法人(証券業務も可能)が、自らのリスクで購入し、これを期間後に国内の投資家に引き渡すという形をとったためである。
銀行にしてみれば、これによって現地法人の利益と国内の既得権益とを同時に守ることができた。
一方、ユーロ市場は、もっとも規制の緩やかな資本市場であったから、起債体にとっては資本調達コストが東京市場に比べて格段に低くなる。
サムライ債市場はコストも高いうえ、慣行・規制でがんじがらめになっている。
円建て債の起債を希望する海外の発行体は、雪崩を打つようにユーロ円の世界に殺到していった。
ユーロ円債がサムライ債の十倍もの発行額に達したのは当然のことである(九四年、サムライ債=一兆二〇〇億円、ユーロ円債=一〇兆八六〇〇億円) 。
するとここでさらに奇妙な現象が起こる。
先の八四年の円ドル委員会で、大蔵省はサムライ債の基準緩和に加え、ユーロ円債の基準緩和にも踏み切ったが、ユーロ円債を起債できる民間海外起債体の枠が広げられると、今度は日本国内の大手企業も、ユーロ円債の起債を求めて大蔵省を突き動かすことになった。
これが受け入れられた当初は、それでも適債基準が厳しく、わずかな企業が発行を許されただけであったが、その後は、なし崩し的に拡大され、ピーク時の九一年には、居住者(日本企業)の発行額が、非居住者(海外の起債体)の発行額を凌駕するまでに膨張した。
本来は、サムライ債を補完するという建前で出発したユーロ円債の世界が、サムライ債の沈滞をよそに急拡大したばかりか、日本企業の通常の資本調達の窓口にもなってしまった。
これもまた当然の帰結というべきで、日本企業にとっても、ユーロ円市場の資金調達コストが、いかに安くついたかを物語っている。
サムライ債市場の発育不全、ユーロ円債市場の肥大化という不自然な資本輸出チャネルは、結局は日本の金融市場のインフラ整備を決定的に遅らせ、それを空洞化させる結果となった。
格付け機関の未発達は、その遅れの典型というべきであろう。
もともと日本には、担保付き社債の受託制度など格付け機関の確立を妨げる条件もあったが、それにしても七〇、八〇年代に、金融当局がその重要性を認識し充分な態勢をもって臨んだとはいい難い。
いまなお国際的に見れば末発育の状態で、九〇年代後半には、資本輸出国の金融機関が輸入国の格付け機関によって右往左往させられるという矛盾を受け入れざるを得なくなってしまった。
日米経済「歴史のイフ」さて、こうした日本の債券市場の規制緩和の遅れを、八〇年代に始まるジャパン・マネーのドル債投資の流れに重ね合わせてみると、何が言えるだろうか。
もとより厳密な分析にもとづくシミュレーションは不可能だが、少なくとも次のような仮定のもとに問題を考えることはできる。
もし、サムライ債の市場が、すでに七〇年代から、大胆な規制緩和とインフラの整備によって急速な発展をとげ、豊富な円建て債券が日本の投資家の前に提供されていればどうであったか。
それでもアメリカ国債はそれなりの魅力を持っていたかもしれないが、八〇年代の堰を切ったような対米投資に対して、分散投資がブレーキ役にはなったであろう。
少なくとも円建て資産への投資に振り向けられた資金は、為替差損を免れていた。
アメリカの資金不足の程度いかんによっては、あのマルク建てカーター・ボンドのように、「円建てレーガン・ボンド」の恒常化といった事態も想像される。
八〇年代の前半、ジャパン・マネーのじゅうぶんな対米流入がなければ、その後のアメリカ経済の行方は大きく変わっていただろう。
日米間の経済関係はまったく違った形で展開し、世紀末二十年の日本経済も、また異なった道を歩んでいたかもしれない。
あるいは八四年、日米円ドル委員会において、アメリカ側は、日本の金融自由化、円の国際化を迫ってきた。
後にふり返れば、これが最後のチャンスといえた。
日本の金融政策当局は、この「外圧」に、それまでの経済交渉のように押し切られていればよかった。
ところが、現実は民間起債体の適債基準を緩和しただけで、金融村の権益の本体である受託、登録制度を中心とする規制・慣行の解体には、まったく手が付かなかったのである。
日本の債券市場の高コスト構造はそのまま残存することになった。
サムライ債の育成、円建て資本市場の本格的発展のためには、少なくとも受託・登録手数料の自由化、大幅な引き下げが必須であった。
しかし、海外の起債体に対して規制を緩和すれば、日立、東芝といった日本の大手企業にも同じようにしなくてはならない。
それを受け入れることは、わが国の金融機関にとって、戦前から保持していた権益を手放すことを意味する。
天下り先その他、利益共同体でもある大蔵省も、金融村に波風を立てたくなかったというのが実情であろう。
「時代は変わっているのだ」という大局的認識が欠落していたことは致命的であった。
八〇年代の後半、円ドル委員会の資本開国の要求を奇貨として、債券市場の規制緩和とインフラの整備が急いで行われておれば、どうなっただろう。
銀行融資が主体であったアジアからも円建て債の起債が殺到し、日本の格付け機関のもとで、日本の投資家には為替リスクのない投資対象が提供され、それがアジアにおける円の小世界構築の足がかりになったかもしれない。
結果としてアジア通貨危機は起こらなかったか、起きても小火のうちに鎮火できたであろうユーロの出現と円の未来本書では、八〇年代に始まる日米間の経済関係を、主としてマネー関係に焦点を当てながらたどってきた。
そこに特徴的に見られたジャパン・マネーの過度の対米環流という事態は、一両では日本のアメリカに対する(冷戦下の、あるいは敗戦国としての)特殊な政治的ポジションによってもたらされ、また一面では、そのこととは全く無縁の、日本独自の経済社会制度によって生み出されたことがわかった。
これ以上歴史のイフ」を弄んだところで、失われた資産は戻ってこないし、バブル経済以前の時代にもどることもかなわない。
むしろここでしっかり考えなければならないのは、今後のマネー戦略である。
債権国としての成長に歩調をあわせて円の世界を築く、いわば資本輸出国の「王道」からはすでに逸れてしまったが、今後は、せめて日本が経常黒字を計上しているうちに、安定した円の基盤を作り上げることが、もっとも重要な課題となるだろう。
東京資本市場の国際化とインフラの整備を、一日も早く完了させることはいうまでもない。
だがへそのこととは別に、ここでは、ドルという通貨の今後の地位と、それに大きく影響する新通貨「ユーロ」の評価をもとに、この二つの通貨との関係において、円の活路を模索してみたい。
まず、ドルの地位は、今後さまざまなチャネルで後退が進むだろう。
M・フェルドシュタイン(ハーバード大教授)は『フォーリン・アフェアーズ』誌上で、米欧間の「戦争」さえ示唆しているほどだ。
世界の公的準備資産(各国の外貨準備)に占めるドルの比重は、九八年現在、依然として高く、アメリカはこのことをもって「国際通貨ドルの没落」論の反証としている。
九七年の数字を見ると、たしかにドルは、各国の公的準備資産の五六%を占め、圧倒的である。

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